玉置宏千の世界観
浄化について

 

真我への道 剃髪の利点について

                                         (2011/12/25)

皆さんも感覚的にお気づきかもしれませんが、私たちの髪の毛は記憶を蓄える性質があります。髪の毛を切ると、とってもさっぱりしますね。それは髪の毛とともに過去の記憶が断たれるために気持ちが軽くなるためです。

 例えば髪の毛が一日0.1ミリ伸びるとしたら、その0.1ミリの髪の毛はその日一日の現象を瞬間毎に記録しているのです。自分がその瞬間に経験した現象が髪の毛に刻み込まれています。その部分の髪の毛に集中し瞑想すると、その時自分が何をやっていたかということがよくわかります。

 1ケ月、2ケ月、もしくは1年、2年と髪を伸ばし続けるのは、1ケ月前、2ケ月前、もしくは1年前、2年前という過去の現象に捕らわれて引きずっている状態です。より正確を期せば、この世界は私たちの心の現われですから過去を引きずっているというよりも、一ヶ月、二ヶ月前の現象とその髪の毛がオーバーラップしている状態であり、過去と現在が常に連動し合っている状態といえましょう。

 この世界にはプラーナというものが存在しています。私たちはこのプラーナを摂取することで自分の生命を維持しています。プラーナは空気の中に、また食物の中にも含まれています。私たちは空気を吸うことで、また食物を摂ることで体内にプラーナを取り入れ、それにより生きているのです。このような意味においてプラーナは私たちの身体を維持する栄養のようなものとお考えくださってよいでしょう。

 呼吸や食事以外に、このプラーナを私たちは髪の毛からも取り入れています。髪の毛がちょうど皮膚呼吸しているとお考えいただければよいかと思います。過去の記録の蓄積である髪の毛をフィルターにしてプラーナを摂取すると、過去の自分の意識がよみがえります。髪の毛が蓄えている過去の情報に現在の状況が影響を受けているのです。例えば自分が過去に現象に捕らわれていれば、現在も過去と同じように現象に捕らわれやすくなってしまうということです。

 修行者が剃髪にするということは過去の自分の記録を引きずらないですむというメリットがあります。そうすることで、現在の意識が現象に捕らわれにくく、新たなカルマを積まないですむようになります。 お釈迦さまの弟子の男性出家修行者にとって剃髪は当たり前でした。その流れを汲んで日本仏教のお坊さんも剃髪にするのが当たり前になっています。しかし、なぜ剃髪になったほうがよいのかという事は日本のお坊さんには見えないことでありましょう。

※話として載せたまでで、剃髪をおすすめしているわけではありません(念のため)。

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真我への道 薬について

                                         (2011/12/24)

 病気になったら、大抵の人は薬を飲みますね。ちょっとした風邪ならあたたかくして休めば直るけれど、そうでなければ薬や痛み止めを飲んだりぬり薬を付けたりして治そうとします。

 しかし実はカルマ的に見たら、これはあまり良いことではないのです。人がなぜ病気になるのか、それはその人にその病気のカルマがあるからです。時に例外はありますが、ほとんどの場合は病気のカルマによるものです。特に修行の道に入った者が病気を経験するならば、それはすべて浄化作用です。自己の穢れが昇華される前に表に出てきた状態です。自己の奥深くに潜在している穢れはまず表に引っ張り出さなくては浄化されないのです。

 この浄化作用である病気を薬で押さえ込んだらどうなるでしょうか。せっかく表に現れた穢れを再び潜在意識にしまい込むことになってしまいます。薬や積極的な治療は病気の症状を消したり軽減したりしますが、病気の根本的な原因である穢れはなくなりません。いつかその穢れは再び現象化してきます。つまり、薬や治療は単に現象を遅らせるだけなのです。しかも「苦しいのはいやだ、病気はいやだ。逃げたい」という意識により苦しみに集中してしまっています。この集中により、その現象が再びやってきたとき病の症状はより深刻に苦しいものとして感じられます。

 やって来たカルマを乗り越える方法は逃げないこと、それが良いカルマでも悪いカルマでもそこに集中しないことです。淡々とそれを受け入れることです。命に関わる病、危篤な症状・深刻な事態に発展する恐れがないのなら、なるべく薬は飲まないことをお勧めします。中学生くらいまでのお子さんは、親の判断で勝手に薬を使わないと決める事は出来ませんし、みんなと同じように薬を使ったり予防接種を受けたりするのは仕方ないかと思います。しかしカルマというものを考慮するならば、職場や家庭において他の人の迷惑にならないのであれば、出来る限り薬に頼らないようにすべきでしょう。

 私は数年前から視力が急速に衰え、今は顔のすぐ前に手をかざしてもそれすらよく見えません。誰かに会っても顔も見えません。不便なことは不便ですが、この眼を薬を使って治そうとか、神通力を使って見えるようにしようとか、そういう思いにならないのです。眼が悪くなり始めた時両目に激痛とひどい充血がありました。電気の光を見ることが出来ず、ごくわずかな光だけで何日も過ごさざる得ないこともありました。このままいけば失明することもあるかもしれません。しかし、たとえそうなっても治療するつもりはないし、自己のカルマだと思えば逃げる気にもなりません。おそらく現象が私の視力を必要としないのでしょう。

 多くの方にとって共感しがたい話かもしれません。しかし、お釈迦様の二大弟子のひとりに神通第一(弟子の中で神通力が抜きん出ていて並ぶものがいなかった)と評されたマウドゥガリヤーヤナ(目連)という方がいますが、私は人生の最後を迎えた時の彼と同じ心持なのです。

 街で托鉢(たくはつ)をしていたマウドゥガリヤーヤナは異教徒たちの襲撃を受け袋叩きにされます。瀕死のマウドゥガリヤーヤナは、神通を使って何とか帰還しましたが、酷い有様を見て幼馴染のシャーリプトラ(舎利弗)が聞きます。「なぜ神通第一といわれた君が神通を使って逃げなかったのか」マウドゥガリヤーヤナは「自分は業が重く、たとえ神通を以ってしても宿業から逃れる事は出来ない。」と答えたそうです。そしてお釈迦様に辞して後、自己のカルマの解放を喜びつつ故郷で死を迎えます。その後、お釈迦様も毒キノコを食べ食中毒を起こし涅槃されます。マウドゥガリヤーヤナにしてもお釈迦様にしても、神通によって自分に降りかかる災いを避けることは簡単であったはずです。しかし、そうしなかったのはやはりカルマというものを受け入れていたからでしょう。

 私も聖者方にならい、自己の最終的なカルマの清算の段階に入りつつあるのだと思い、それを喜びととらえています。他の人にそのようなことを強要するつもりはありませんが、カルマの何たるかを見切っている私にとっては、こうするのが最終的なニルヴァーナへの道だと思っています。

 

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真我への道 食品添加物について

(2012/01/13)

 私たちが普段口にする食品には、多くの有害物質が含まれているといわれていますね。 食品添加物、例えば化学調味料・保存料・着色料、その他にも危険視されている遺伝子組み換え食品、残留農薬、放射能汚染…食品をめぐる危険には多くの人が神経を尖らせています。一方では、そんなこと全く気にしない人もいます。では、真理を実践する者は食品に含まれる有害物質、特に食品添加物に対してどのように考えるべきだと思いますか。

 食品に含まれている化学調味料は、かなり強い毒性を持っています。東南アジアでは、野犬狩りをするために味の素(グルタミン酸ソーダ)をたっぷり振りかけたステーキ肉を使うそうです。それを食べた野犬は全身が麻痺してしまうということでした。もちろん、日本の食品にはそれほど化学調味料を使うわけではありません。しかし、私はごく微量の化学調味料が入った食品を食べても、舌がしびれ荒れてしまいます。よって、なるべく化学調味料は摂らないようにしています。また、お弁当などに使われる保存料、ソルビン酸Kなども毒性が強いので避けています。

 浄化の修行をしている者は身体的にも浄化されていますから、ごく微量の有害物質であっても敏感に反応します。全身の気の管であるナーディに穢れが生じ、エネルギーが滞ります。ナーディが詰まった状態になるのです。そのため、修行者やヒーラーには自然食品や有機野菜しか食べない人もいます。

 しかし、この食品添加物で起こるナーディーの詰まりは、慈悲の実践により他者の苦しみを引き受けたときに起こる症状となんら変わりはありません。どういうことかといいますと、他者と関わる事でお互いのエネルギーが連動し、相手の穢れが入ってくるのです。その時自分の浄化が進んでいればいるほど、相手が煩悩的であればあるほど、相手の煩悩(穢れ)によってナーディーが詰まります。

 しかも、他者の煩悩を引き受けることで起こるナーディーの詰まりと、食品添加物によって引き起こされるナーディーの詰まりを比べたなら、煩悩によるものの方がはるかに大きいのです。それほど煩悩は毒物であり、その毒性というのは強いのです。

 これらのナーディーの詰まりは、修行によって穢れを昇華すれば再びきれいに通すことが出来ます。食品添加物の毒であろうと、他者の穢れであろうと関係なく修行によって昇華できるのです。ですから、修行している限りは食品添加物の毒性に対して、それほど神経質になる必要はありません。修行していない一般の人のように、食品添加物の毒を体内に蓄積させることはないのです。「食品添加物はなにがなんでも避けるべきものではないけれど、なるべく避けたほうがよいもの」、その程度にお考えいただければよいかと思います。食品添加物を避け自然食品だけを受け付けるというのは、度が過ぎればそれが“捕らわれ”になってしまうからです。

 しかし、同じ穢れが入ってるならば、相手の穢れを引き受け慈悲を培うことの方がはるかに意味のある事です。添加物の入った食品を漫然と食べることによって穢れ、それが修行によって昇華されたとしても、そこに精神的な成長は何もありません。それならば、なるべく食品添加物など毒性の強いものを避け、その分は他者の苦しみを引き受けることにまわすべきではないしょうか。本来、修行は他者の煩悩の穢れ(苦しみ)を引き受けるためにあるのですから。(他者の穢れとは言っても、それは自己の穢れにほかなりません。)

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真我への道 食(じき)への捕らわれを外すにはどうしたらよいか 

(2012/01/08)

 人はそれぞれ、自分の好きな食べ物、美味しいと思う食べ物がありますね。しかし、そんな当たり前と思われがちな食への捕らわれですらいつかは離れなくてはなりません。

 好きなものを食べるとき、出来るだけ高い世界にいる神々を観想し、自分の身体を使って食物を神々に供養しているのだと思って食べましょう。自分が食べているのではなく、高い世界の神々が召し上がっているのだと考えましょう。そうする事によって、神々の高い意識、捕らわれのない意識が連動し捕らわれが外れやすくなります。

 しかし、どうしても美味しいもの、好きな食べ物への捕らわれが強く根深い場合は、どうしたらいいでしょうか。その食べ物を食べる時「美味しいな、嬉しいな」と思って食べていたのでは、いつまでたってもその捕らわれは外せません。

 好きなものを食べる時には「いつかこの捕らわれをなくすんだ。いつかこの捕らわれをなくすんだ。これに捕らわれている限り衆生済度などもってのほかだ。これに捕らわれていれば必ず渇愛が生じ自分は苦しむことになる。いつかこの好きな食べ物への捕らわれを外すんだ」と思うようにしてください。このように心の中で思うだけでも大変な効果があります。

 その言葉通りにしっかり考えなくとも、食べ物というものは本来そのように見るべきものなのです。食事のとき、そのようにぱっと思うだけでも十分です。そうすることによって何ヶ月、何年かの後にはきっと食への捕らわれが外れてくるでしょう。

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真我への道 食(じき)への捕らわれを外すにはどうしたらよいか(2

(2012/01/09)

 十年以上前から私はコンビニに行っても、あるいはスーパーに行っても何か漠然とした買い物への欲求があるだけで「今日はこれを買って食べようか」などと思っても、いろいろと考えてしまいなかなかその商品を実際に買う気になれません。お惣菜を見ても「ああ、これは身体を汚す酸化した油がきついだろうな」と思ったり、原材料を見て「これは身体に良くない添加物が使われているからやっぱり良くないな」と思ったり。そういったことがなくても「これを食べたからといって、食後に満足感は得られないだろうな」などと考えてしまいます。ぐるぐる広い店内をめぐって、いろんな商品を物色してみるものの結局買うものがないという状態です。昔は、もちろんそんな事はなくて普通に自分の食べたいもの、好きなものを買えたのですが、今は食べたいものというものがほとんどありません。これはひとつひとつの食品に対する、自分の観念が変わってきたせいです。

 自分の好物に対して「これは美味しい食べ物だ」と感じることも、単なる自己の観念のデータでしかありません。その観念(潜在意識)のデータが変われば、好物でさえその他多くの食品と同じです。そうなれば、実際に食べるべき食品というものは非常に少ないということに気が付かれるでしょう。

 食べ物に対する捕らわれとはまさにそういったものです。実際、ほとんどの食品は身体を汚すものばかりです。ただ単にムシャムシャ、ポリポリと食べるだけでなく「この美味しいと感じる感覚はどういったものか、この食品は果たして自分の身体にとって本当に必要なものなのか」しっかりと吟味しながら食べてみると良いかと思います。

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真我への道 イオン治療器

(2012/01/17)

タカダイオン先日、友人に電子治療器なるものを教えてもらいました。マイナスイオンにより、万病の元である活性酸素を無毒化していく、家庭用の医療機器です。「タカダイオン」(医療用具承認番号15800BZZ00780)という商品です。膠原病などにも効くそうです。

 その機器が原爆症に効果的という研究結果があるということを知りました。この機器は、放射能によってダメージを受けた細胞を正常化するのだそうです。福島の原発問題のために急激に需要が高まっているとのことでした。

 類似品は多く出回っているようですが、それらは交流式の製品であり、効果があるのは直流式のものだけのようです。

 食品添加物と同様に放射能もなるべく遠ざけ、修行に、慈悲の実践にまい進していくのがいいだろうと思います。

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 真我への道 整髪料について

みかんの皮のホワイトリカー漬け(2012/02/02)

 修行が進み心身が浄化されてくると、今まで当たり前にしていたことがいかに自分の心身をけがすものであったかということに気付かされます。そのひとつに整髪料があります。市販の整髪料を髪の毛につけると、どんなものでも頭がボーっとしていまい物事が考えられなくなります。

 整髪料は使わないようにするほうがいいのですが、そうもいっていられない人もいるでしょう。そんな人にオススメなのが、みかんの皮をホワイトリカー(アルコール度数35度)に漬け込んだものです。

みかんの皮につく虫 私は無農薬のみかんを食べ終わった後、残った外側の、厚いオレンジ色の皮で作りました。その際みかんのへそは取り除きます。もし、みかんの皮にゴマみたいなものがついていたら、それは生きている虫ですので殺生になりますから、入れないようにしてください。きれいにしたみかんの皮を広口ビンに入れ、ホワイトリカーを注いで、そのまま3ヶ月くらい寝かせました。すると琥珀色になり、柑橘系の香りになります。

 それをスプレーボトルに小分けして普通の整髪料のように使います。これでベタつくことなく、きちんとセットされます。

 このみかんの皮のホワイトリカー漬けは、なんと毛はえ薬にもなるものなのです。

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『白雪の詩』石けん真我への道 石けんについて

(2012/02/22)

浄化が進んでくると防腐剤や香料の強い石けんやシャンプーを使えば、当然のことながらナーディーは詰まり無智になって物事が考えにくくなります。

 毎日使うものですから、廃油などを再利用していない無添加の石けんがいいと思います。私のおすすめは、“ねば塾”という長野県の福祉作業所で作っている「白雪の詩(しらゆきのうた)」(二個入り¥262)という石けんです。どうせ使うのなら、障がい者の自立支援の役に立ったほうがいいなと思って使っています。

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真我への道 ガジャ・カルニ(Gajakarni)ガジャ・カルニ 

(2012/01/06

 ヨガの浄化法ガジャ・カルニ(Gajakarni)をご紹介しようと思います。この浄化法を行うことにより、粘液体質が改善されます。消化の炎を強め、エネルギーを頭頂にまで集めます。

 胃の中に何も食物が入っていない時を選んで行います。まず、ぬるま湯(微温湯)2リットルに対して、塩大さじすりきり1〜1,5杯を入れ溶かします。ペットボトル等2リットル以上の容器にぬるま湯を入れ、一気に飲んでください。二リットル以上、できるだけ多く飲みます。小柄な方や女性は一度に2リットルは飲めないかもしれませんが、なるべく多く飲むようにしてください。

 飲むときの姿勢は、しゃがみこんで踵(かかと)を床に付けて胃を圧迫させる形を取るのがいいでしょう(踵が床に付けられないようなら、つけなくてもよい)。これは、胃の中でぬるま湯がたまらないでどんどん下がってしまうのを防ぐためです。

ガジャ・カルニ できるだけ多くのぬるま湯を飲んだら、今度はそれを吐き出します。吐くときは足を肩幅くらいに開いて腰から全屈させます。そして腹直筋をまわすようにして、ぬるま湯を吐き出します。これが出来ない人はおなかを膨らましたり凹ませたりしてペコペコさせるてください。気持ち悪くなってきたら、そのまま口外へと吐き出してください。それでも吐けない場合は人差し指と中指の2本を舌の奥に差し入れ、舌を圧迫し吐き出してください。この時、つめでのどを傷付けないようにしてください。

 これを2リットル×3回で合計6リットル分繰り返してください。必ず最後の2リットルは塩分無しで行い、同じようにできるだけたくさん飲み、すぐに吐き出してください。
10リットルでガジャ・カルニを行う場合でも、そのうち最後の2リットルは塩分無しで行ってください。量が増えても最後の塩分無しは2リットルに変わりはありません。

 慣れないうちは吐き出すのに時間がかかり、どうしても胃から下がってしまいます。慣れれば、難なくぬるま湯を吐き出すことが出来るようになります。

 できるだけたくさんのぬるま湯を胃の中に入れて胃を膨らませると、胃壁の繊毛を広げられます。油ものなど多く取り過ぎて胃壁が荒れていると、その時に繊毛の奥深くからうっ血した血が流れ出します。これは、胃が硬直しているために胃に滞留した血液が流れ出すためです。心配することはありません。

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真我への道 サンカ・プラクシャーラナ・クリヤー(Shankha Prakshalana Kriya

(2012/01/15)


以前紹介しました、エネルギーを上昇させるお茶やお水をたくさん飲むと、排泄のために使われるアパーナ気というエネルギーが撤退し、便秘になることがあります。そんな時にはサンカ・プラクシャーラナ・クリヤーという身体浄化法を行って排便を促しましょう。これを行えば、下剤を使わなくても大丈夫です。


@ぬるま湯2リットルにあら塩大さじ1.5〜2.5を入れ、溶かします。ここでレモンの絞り汁半個分を入れ均一になるように軽く混ぜます。レモン汁によってより効果的に腸内が浄化されます。しかし、なければレモン汁は入れなくても結構です。

Aこれを出来るだけたくさん飲みます。ガジャカルニーはすぐに吐き出しますが、今度は吐かずに胃から下に下がるまで待ちます。本来は塩水を飲んだ後、アーサナをとった方が腸が動きより早く排泄が促されます。しかし、大量の塩水が入ることで自然に腸は動き出しますので、何もしなくても問題はありません。

B便意が出てきましたら、トイレに行って排泄を済ませます。この時の便はおそらく通常と変わらないかと思います。

C同じ濃度のあら塩の入ったぬるま湯を用意し、また出来るだけたくさん飲みます。2回目以降はレモン汁は入れません。便意を感じたら、トイレに行きます。だんだん便がゆるくなっていきます。(ぜひ洋式トイレを使用してください。和式だと大変なことになります。)

D時間をおいて同じものを出来るだけ飲みます。これを繰り返し、合計10リットルくらい飲みます。その間、便意を感じたらトイレに行ってください。最後には、飲んだ水が透明なまま排泄されます。この状態になったら腸内が浄化されたということです。

E最後にぬるま湯1〜2リットルを飲んで、ガジャカルニー(いったん胃に入れてすぐに吐き出す)をします。

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